茨城は、
茨城の出会い温暖な気候と豊かな土地のため、保守的で親や年長者の力が強く、家柄や格式を重視するので、別名「こいのぼり市場」ともいわれています(茨城は女の子より男の子の節句にお金をかけるため)。また、冠婚葬祭も派手です。
水戸は、昔は「三ぽい」といわれたところ。「三ぽい」とは、「怒りっぽい、理屈っぽい、骨っぽい」のことで、頑固で激情型の水戸武士のイメージにつながりますが、実際の水戸の人は、義理人情タイプが多く、言葉が乱暴で一見とっつきにくく見えますが、実は人がよく、お金にも細かくありません。ただし、熱しやすく冷めやすい一面もあります。
県南部、西部はのんびりしたおおらかな人が多いですが、河川の氾濫の歴史があるため辛抱強い性格でもあります。また、東京で生まれ茨城で育った人や、両親が東京から引っ越してきて茨城で生まれた「新茨城県人」は、淡泊ですが何事にもソツのない性格のようです。
栃木は、
栃木の出会いかつて小藩分立で、領主の入れ替わりが激しかったため、他の地域に比べはっきりとした特徴はありませんが、「攻めの群馬、守りの栃木、どっちつかずの茨城」といわれるように、保守的で変化を好まず、土地に対する執着心が強いのが特徴といえるでしょう。
栃木の男性は、一言で言うと「いぶし銀」タイプ。恥ずかしがり屋なので、最初の印象はイマイチですが、つきあっていくと味わいが出る人。真面目で内向的でお人好しといった、いわゆる「東北的」な人が多いようです。さらに細かくみていくと、県北部は、より東北的で、県南部は新しいもの好き。南にいくほどに、洒落や冗談が好きなざっくばらんな人が多くなる傾向があります。ただ、足利の人は、頑固でプライドの高い人も少なくないようです。一方、栃木の女性は控えめに見えても、男性に比べバイタリティのあるたくましい人が多いようです。
群馬を
群馬の出会い表現する言葉は昔からあり、かつては「上州名物、カカア天下に空っ風」といわれ、その後「群馬の3K」といわれるようになりました。3Kとは、「空っ風、雷、カカア天下」のこと。また、「上州ダンプと空っ風」という言葉もあります。これだけ色々な表現でいわれている地域は大変珍しく、それだけ群馬は個性的な地域なのです。
群馬は雷や空っ風など、自然環境が厳しく、平野部が少ないために養蚕が発達しました。この養蚕を支えてきたのが女性なのです。「カカア天下」とは気が強いというより、「うちのカカアは天下一働く」という言葉から派生したという説もありますが、やはり今日でも群馬の女性は気が強いようです。
また、群馬の人は、日照時間が長いこともあってか、陽気な性格の人が多いのですが、熱しやすく冷めやすい一面もあります。お金に執着がなく、ムードにのりやすいタイプが多いために「セールスしやすい地域」といわれたり、新しいもの好きなので、「新型車は群馬で売れ」ともいわれたりしています。そして実際、人口当たりの車の保有台数が、全国上位県なのです。
富山は、
富山の出会い「富山の薬売り」に代表されるように、積極的で行動力のある人が多いのが特徴です。この勤勉さは浄土真宗の影響ともいわれています。また、雪に加えて河川の氾濫が多かったため、極めて粘り強い性格になったようです。しかし、意外とクールな一面もあり「損するのがわかっているから」ギャンブルなどする人も少ないですし、無駄遣いもしません。富山県人にとって家は、ステータスシンボルなので、結婚しても共稼ぎをして立派な家を建てるのが目標です。持ち家比率NO.1の県でもあります。
男性はコツコツ努力する長距離ランナー型ですが、冠婚葬祭にお金をかける見栄っ張りな一面があります。ただし、呉羽山を境に性格は異なります。大ざっぱにいうと呉東(ごとう)は関東風、呉西(ごせい)は関西風。女性は、お隣りの石川県では「富山から嫁をもらえ」といわれたほど働き者です。
現在の千葉県にあたる地域は、
千葉の出会い江戸時代初めの頃は9藩、のち16藩ありましたが、そのほとんどが小藩で、他に旗本領、幕府直轄地と細かく分割されていました。そのため、この地域独自の文化が根付きにくい状況にありました。気候が温暖で土地は豊かだったため、江戸時代の千葉の男性は、物事にこだわらない、人がいい楽天家が多かったようです。女性は、とにかく働き者で、「担ぎ屋のおばさん(野菜や果物、もちや漬け物などを背負って、東京に売りにきていた農家の女性)」は特に有名です。
さらに細かく地域性を言及すれば、県北は江戸との交流が盛んだったためしっかり者が多く、県央は東海道の諸藩が懲罰のため転封(てんぽう)されてきただけに、弱気で保守的。県南は阿波から移住してきた歴史があるので、女性が強く保守的だったようです。
近代になり、県北部は東京のベッドタウンとして、他県から人々が転入し急成長を遂げました。現在の千葉県人口の約半数が他県出身者で、多いのは東京、埼玉、北海道、茨城など。北海道出身の人が多いのは、漁業が関係しているようです。
埼玉は、
埼玉の出会い|かつて江戸時代には2000名を超える領主によって治められてきたため、この地域独自の文化が根付きにくい状況にあり、当時は、温和でのんびり、あっさりしていておっとりした人が多い地域だったようです。しかし近代になり、東京のベッドタウンとして他県から人々が転入し、急成長を遂げます。このような背景のためか、埼玉県の県民意識は、それほど強くないといえます。
性格的な面では、情熱的ではありませんし粘り強さには欠けますが、実直で寛大。また、楽天的でのんびりしている人が多く、柔軟性があり流行にも敏感です。ただし、秩父は寒さが厳しいこともあって、粘り強い根性のある人が多いようです。
現在の東京都の人口の約半数は他県出身者。その中でも多いのが、新潟、神奈川、静岡、千葉、北海道の人たちです。
東京の出会い|
東京は、大きく「山の手」「下町」「多摩」に分けられます。もともとの江戸っ子は思いこみが激しく、義理堅いのが特徴で、下町にはこの江戸っ子気質が今でも残っています(「男はつらいよ」のフーテンの寅さんは地方出身者の設定だそうですが……)。
山の手の人は一般によそよそしいイメージですが、これは明治維新の時に、倒幕側の薩長土肥の人々が東京に入ってきて、となり近所とつきあわなかったことから定着したイメージであると推測されます。山の手の人たちは、元々は地方出身の人たちが大半なのですが、プライドが高く、マナーは良いです。
多摩の人の大半は都内から入ってきた地方出身者で、男性は格好つける傾向にあり、女性は比較的気が強い性格の人が多いようです。
神奈川県は、
神奈川の出会い|人口の約半分が他県出身者です。その中でも東京、新潟、静岡の人が多く、性格としては、自己主張は強いですが、淡泊で気さくな性格です。
また、神奈川県人に「出身地はどこ?」と聞いた場合、「神奈川です」と答える人は少なく、「横浜」「鎌倉」などと地域名で答える人が多いといわれています(兵庫県人も同様)。これは、地域ごとの意識が強いことと、地域により気質が異なるためで、特に横浜は、横浜に来たばかりの人でもすぐに横浜人になれますし、プライドが高い「浜っ子気質」で東京対抗意識が強いところでもあります。県西部の相模(相模川以西)は柔軟な人が多いですが、鎌倉は昔から東京直結地域であるために東京志向が強いところです。
昔から「『神奈川県人とは』と一言で語れない」といわれたほど地域別の違いがあるところですが、東京のベッドタウンとして他県出身者が大勢入ってきたこともあるので、ここでは、横浜旧市街地と他の地域にまとめました。
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